今年読んだ一番好きな論文2017 Advent Calendar 2017/12/5
初めまして.
細菌の病原性や生存戦略に興味があります.
いっぱい空きがあったので,参加させていただきました.
よろしくおねがいします.
2014年の論文と少し前の論文ですが,面白かった論文は
”A random six phase switch regulates pneumonoccal virulence via global epigenetic change"
です.
https://www.nature.com/articles/ncomms6055
というわけで論文の主役は
Streptococcus pneumoniae (肺炎球菌)
です.
肺炎球菌
- DNAが遺伝子の本体ちゃうんかという実験で使われた細菌
- 肺炎の原因菌として最も分離頻度の高い細菌
- 年間推定100万人の死亡に関与
- 多糖体でできた莢膜を保持
- 莢膜は白血球による貪食作用に対する抵抗性に関与
莢膜の発現に着目して,アベリー博士らによって遺伝子の本体の探索の実験が行われました.
この莢膜についてですが,同じ菌株でも莢膜をたくさん出すタイプとあまり出さないタイプが混在していることがわかっています.
肺炎球菌は呼吸器に感染,定着する際に菌体表面の分子が宿主細胞の受容体に結合します.上皮細胞への定着は莢膜が薄いほど,より接着性が高くなり,気道に定着しやすくなります.肺炎球菌が血流感染を起こした際は莢膜を多く産生し,好中球などの貪食から逃れます.肺炎球菌は感染部位によって病原性を変化させる相変異という巧みな生存戦略を保有しています.
今回紹介する論文は
肺炎球菌の相変異の分子メカニズムはDNAメチル化によって制御されている
というお話です.
DNAメチル化はDNAを構成するATGCの4塩基のうちAとCをメチル化させることによる複製のタイミングや転写などの調節に関与しています.細菌のDNAメチル化酵素には制限修飾系があります.制限修飾系は特定の塩基配列に特異的なエンドヌクレアーゼ,配列特異的なメチラーゼをコードする遺伝子から構成されます.メチル化された塩基はエンドヌクレアーゼによる切断を受けません.
自分の塩基配列はメチル化酵素によって保護し,外来遺伝子(バクテリオファージ)などのメチル化されていない塩基配列をエンドヌクレアーゼによって切断するという細菌の免疫に役立っています.
S. pneumoniae D39株 (アベリー博士の実験に用いられた菌株)のゲノムには制限修飾系がいくつかあります.
制限修飾系の一つ (SpnD39III) をFigure 1 に示してあります.
https://www.nature.com/articles/ncomms6055/figures/1
Figure 1
hsdR は制限(Restriction),エンドヌクレアーゼ
hsdM は修飾(Modification) , メチラーゼ
hsdS はhsdRとhsdM が認識する配列を決定するガイドのようなもの
hsdS の隣には組換え酵素の遺伝子creX があります.
面白いところはcreX の近くにあるhsdS, hsdS', hsdS'' が IRと示されている配列によって組換えがおこりそうだというところです.
HsdS はHsdMがDNAメチル化する配列を決定しています.
hsdS の配列が組換えによって変化することでメチル化モチーフが変化し,肺炎球菌の遺伝子全体の発現を変化させているのではないかと考えられました.
ということでhsdS の配列と遺伝子全体の発現の関係を調べるために,Figure 1 のA~Fに示してあるようにcreX, hsdS', hsdS'' を薬剤耐性遺伝子に組み換え,塩基配列を認識するhsdS が固定された菌株を6株作成しました(Figure 1).
まずA~Fの6株がメチル化している配列を調べるために,一分子シークエンシングをしました.
その結果がTable 1です.
https://www.nature.com/articles/ncomms6055/tables/1
一分子シークエンシングのよって以下のことがわかりました.
- SpnD39IIIABCDEF6つがそれぞれどのような配列を認識,メチル化するのか (Specificity).
- SpnD39IIIA,B,Eのメチル化モチーフはゲノム上に多く存在する(Difference %).
- SpnD39IIIのメチル化モチーフはゲノムの片方の鎖状に多く存在する(Strand specificity).
Strand specifity が偏っているということにどのような意味があるのか
制限修飾系は外来遺伝子の防御に関わっています.
ということで外来遺伝子として以下のプラスミドを使ってStrand specifity の偏りの意義を調べています.
pDP28 をインバースPCRによってSpnD39IIIが認識する配列を変化させた配列を作製しています.
内側と外側に伸びている線がそれぞれ反対の鎖状に乗っているのかを示しています.
これら4つのプラスミドをs.spnD39IIIABCDの4株に導入し,その効率を調べた結果がFigure 2です.
https://www.nature.com/articles/ncomms6055/figures/2
(a,b,c,d)
SpnIIIA,B,C,D それぞれの株にpDP28を導入
それぞれの株からプラスミドを回収し,SpnIIIA,B,C,Dにそれぞれ導入し,得られたコロニー数を比較
SpnIIIB,C はpDP28の形質転換効率が低かった
(e,f):SpnIIIAのメチル化モチーフが逆鎖上に存在し,SpnIIIBのモチーフが同鎖上に存在するpRMO1はSpnIIIAによる制限を受けやすく,SpnIIIBによる制限を受けにくい
(g):SpnIIICのメチル化モチーフが同鎖上に存在するpRMO3はSpnIIICによる制限を受けにくい
(h):SpnIIIDのメチル化モチーフが逆鎖上に存在するpRMO2はSpnIIIDによる制限を受けやすい
異なる鎖状に存在するSpnD39IIIのメチル化モチーフは制限を受けやすいので,
Strand specifity が偏っていることで,自分の遺伝子を守りつつ,外来遺伝子を破壊しやすいという利点があるのではないかと考えられます.
DNAメチル化モチーフの変化が莢膜発現変動に関与している
s.spnD39IIIABCDの4株についてRNAシークエンシングした結果がTable 2です.
https://www.nature.com/articles/ncomms6055/tables/2
SpnD39IIIA,B,C,D それぞれの中期対数増殖期における発現をRNAseqにより解析
SpnD39IIIA,C,Dの発現を1としたときのSpnD39IIIBの発現変動
cps :莢膜に関係する遺伝子
莢膜に関係する遺伝子がBはA,C,Dと比べて低下していました.
莢膜に関連する表現型,タンパク質量,莢膜成分産生量も変化する
Figure3
(a):マウスマクロファージ培養細胞の貪食作用に対する抵抗性
(b):ウエスタンブロッティングによるLuxS タンパク質発現量の比較
(c):莢膜成分ウロン酸含有量の測定
https://www.nature.com/articles/ncomms6055/figures/3
(a):SpnIIIBはマウスマクロファージによる貪食を受けやすい
(b):SpnIIIB,Cは野生株D39と比較してLusXタンパク質の発現量が低い
(c):SpnIIIBは野生株D39と比較して莢膜成分ウロン酸の含有量が少ない
マウスに対する病原性も変化する
(a,b,c):経鼻投与(5x104 CFU/10 μL)による鼻咽頭への定着の経時的変化
(d,e):静脈内投与(1x105 CFU)による血液中の菌数の経時的変化
(f) :静脈内投与(1x105 CFU) 30時間後の血液中のOpaque colony (莢膜多量産生株)の割合
https://www.nature.com/articles/ncomms6055/figures/4
(a,b,c):SpnIIIA は鼻咽頭への定着性が低い
(d,e):SpnIIIBEF は血液中での生存能が低い
(f) :SpnIIIB は血液中のOpaque colony の割合が低い
実際に野生株は感染部位によってメチル化モチーフを変化させる
(g):鼻咽頭に定着する野生株D39のSpnD39III hsdS 遺伝子のアレルの割合の経時的変化
(h):血液に投与した野生株D39株のSpnD39III hsdS 遺伝子のアレルの割合の経時的変化
黒,灰,白,縞はそれぞれ投与0,1,3,7日時点の結果を示しています
https://www.nature.com/articles/ncomms6055/figures/4
(g):D39株は鼻咽頭中でSpnD39IIIEのアレルの割合が高くなる
(h):D39株は血液中でSpnD39IIIAのアレルの割合が高くなる
まとめ
S. pneumoniae D39株はSpnD39III のhsdS遺伝子の組換えにより,DNAメチル化モチーフを変化させ,環境に適した表現型へと相変異を起こしている
今回企画を開催していただいたおまつりけばぶ先生,ありがとうございました.
読んでいただきありがとうございました.
12月26日追記
アドベントカレンダーの他の記事を読んでいると,他の方々の研究への愛が伝わってくるような内容だったのに比べて,なんだか私の記事は愛が足らないようなので追記いたします.
まずこの論文では相変異という現象の分子メカニズムの解明を行っています.
相変異とは
Wikipedia によると
という動物から細菌,様々な生物が保有している特徴です.
動物の相変異というとバッタの相変異のことで,(バッタ以外だとガとか?他にもいるのかは知りません)
バッタは餌が豊富な環境ではのんびりとした孤独相という固体同士の接触が起こらないようなおとなしい形態をとります.
一方で餌が乏しい環境では獰猛な群生相という他個体とぶつかり合う群れることを好むような形態をとります.
環境によって適した形態をとることで効率的に生き延びていこうとする戦略です.
一方で細菌の相変異ですが,
例えばサルモネラでは1つの菌株を培養しているとべん毛という細菌の運動に関わる器官の抗原性が異なる1相菌と2相菌の混合状態になります.
この異なる抗原性をもつ細菌の1相から2相への変化は可逆性で,突然変異や復帰突然変異とはことなる現象です.
抗原性を変化させることで,宿主の免疫システムから逃れることで生き延びようとする生存戦略です.(最近は相変異を起こさない単相性のサルモネラが世界中で,家畜に猛威をふるっているらしいので,病原性にはあまり強くは関わっていないのかなと思っていたりします.)
抗原変異のような相変異は細菌だけではなく,トリパノソーマという寄生虫でも見られる現象で,本当にいろいろな生物が相変異を起こします.
この相変異がすごく好きです.
漫画とかアニメで属性を変化させたり,武器を変化させたりするギミックがすごい好きで,それとすごい重なる部分があるというか,わくわくですよね.
実際はバッタの相変異も細菌の相変異もヒトの命に関わるのでわくわくとかいうとあれですが.
今回の論文はその相変異のメカニズムを解明した論文でした.
細菌の相変異は遺伝子内での組換えによって起こるという単純なお話で,
一般的な相変異では組換えを起こした遺伝子の近くの遺伝子の発現を変動させるというものなのですが,
肺炎球菌では一部分の組換えが全体的に変化を引き起こすというもので,とてもおしゃれ?な方法だと思いました.(語彙が足りない)
で,
今回の論文では組換えによって変異するメチル化モチーフを決定する配列は6つであるとして実験を行っています.
実際にはこの6つだけではなく,まったく意味のない組換えも起こっていることがわかっています.
http://journals.plos.org/plospathogens/article?id=10.1371/journal.ppat.1005762
相変異は一定の割合で起こっているとは思うのですが,常にあらゆるパターンの変異が起こっていると,かなり無駄が多いのではないかと思います.
選択圧によるメチル化モチーフの変化だけではなく,なにかトリガーのようなもので変化するような機序があった方が肺炎球菌的に良いのかなと思います.
ただそれがどのような機序によるものなのかはどのようにしたら明らかに出来るのかは全くわかりません.
こんな感じで終わります.
まとまりのないお話でもうしわけないです.
ありがとうございました.
誰にもチェックしてもらっていない文章を公開するの怖すぎる.