常在細菌のDNAが病原細菌を殺す?

これは今年読んだ一番好きな論文12月5日の記事です.

https://adventar.org/calendars/4489

 

紹介する論文は

Commensal Neisseria Kill Neisseria gonorrhoeae through a DNA-Dependent Mechanism

です.https://doi.org/10.1016/j.chom.2019.07.003

人の共生細菌Neisseria elongate(Nel)から放出されるDNAが淋病を引き起こす病原細菌Neisseria gonorrhoeaeNgo)に対して毒性を示すという論文です.

 

まず遺伝子の水平伝播,細菌同士の戦い,制限修飾系による細菌の免疫システムについてです.

 

遺伝子の水平伝播は親から子へではなく,世代を介さない遺伝子の授受のことです.細菌は2分裂によって増えるので,新しい遺伝子を世代間で獲得していくということがほとんどありません.病原遺伝子や薬剤耐性遺伝子は遺伝子の水平伝播によって新たな病原細菌や薬剤耐性菌が生み出します.伝播経路にはウイルスによるもの,細菌同士の接触による遺伝子のやり取り,環境中の裸のDNAを取り込んで染色体に組み込むというものがあります.その他にもDNAをカプセルの中に入れて飛ばして,ほかの細菌がそれを取り込むという報告もあります.環境中には大量の裸のDNAがあるので,裸のDNAを取りこむという能力(以下ナチュラルコンピテンス)は生存に有利な遺伝子を獲得するのに非常に有効です.またDNAはそれ自体が栄養源にもなります.しかしナチュラルコンピテンスはすべての細菌で見つかっているわけではありません.ある程度限定された状態でのみナチュラルコンピテンスになるという細菌も多いです.今回紹介する論文の主役Neisseria 属菌は常にナチュラルコンピテンスです.4型繊毛というチューブを使って,裸のDNAを捕まえて,細胞内に取り込みます.Neisseria 属菌は特定の10-12塩基配列を含むDNAを効率よく取り込むことができます.

 

次に細菌同士の戦いについてです.細菌はあらゆる環境に生息しています.環境中で生存するために,なるべく似たような,同じ栄養を使ってしまう細菌を排除する必要があります.抗菌作用のあるタンパク質などの放出,生育に必要な栄養素の独占,分泌装置と呼ばれる針を使って敵の細菌に毒を直接注入することなどがあります.宿主の免疫機能を調整して,間接的に敵の細菌を排除することもあります.今回紹介する論文は細菌が放出するDNAが競合する細菌を殺すという報告です.

 

細菌にはバクテリオファージという厄介なウイルスが存在します.バクテリオファージは細菌に感染するウイルスで,細胞にDNAを注入し,細胞の中で増幅され,必要なたんぱく質を作って.細胞を壊して外界に出ていきます.バクテリオファージに対する免疫としてCRISPR-Casシステムや制限修飾系があります.CRISPR-Casシステムは獲得免疫のようなもので,細胞に侵入したDNAの配列を覚えておいて,その配列のDNAを見つけ次第壊すというものです.そして制限修飾系は自然免疫のようなものです.制限とは制限酵素のことで,修飾とはメチル化転移酵素のことです.DNAはA,T,G,Cの塩基からできています.制限酵素は特定の塩基配列(例えばHindIIIという制限酵素だと5‘-AAGCTT-3’という塩基配列)を切断します.メチル化転移酵素は同様の配列の塩基にメチル基をくっつけます.制限修飾系は制限酵素とメチル化転移酵素がセットになっています.メチル化された塩基配列制限酵素による切断を受けなくなります.制限修飾系では自己のDNAをメチル化で制限酵素からの切断から保護することで,メチル化されていない非自己のDNAを選択的に切断できます.CRISPR-Casシステムと制限修飾系によって非自己のDNAが増えるのを防いでいます.その他の細菌のウイルス防御として非自己のDNAが増幅する前に自殺するという現象もあります.ファージに対する防御機構に細菌がcyclic GMP-AMPを介して自殺するという報告も最近ありました.制限修飾系の種類が多ければ多いほどいいと思いきや,今回の論文では制限修飾系の多さが仇になって,細菌との競争に負けてしまいます.

 

論文の紹介です.

 

Neisseria 属菌はヒトに対して病原性を持つ髄膜炎N. meningitidsや淋菌N. gonorrhoeae Ngo)が有名です.一方で病原性を持たず,共生しているNeisseria 属菌もいます.N. elongate(Nel)は主に口腔内に生息している共生細菌の一種です.どちらもヒトの粘膜に定着します.

 

試験管でNgoとNelを共培養すると24時間後にNgoの菌数が検出限界以下になり,NelはNgoに対して毒性を持つことが分かりました.さらにNelを24時間培養した培養液からNelを取り除いた上清だけでもNgoに対して毒性を示しました.分泌装置などの菌体同士の接着を介した経路ではなく,何らかの分泌物による毒性であると考えられました.

 

Nelの培養上清をDNaseで処理したところ,Ngoに対する毒性は消失しました.プロテアーゼやRNaseでは毒性は消失しませんでした.Nelの培養上清からDNAを精製したものはNgoに対してDNAの用量依存性に毒性が増加しました.このことからNelの培養上清に存在するDNAがNgoに対して毒性を示すことが分かりました.

 

Ngoナチュラルコンピテントなので,NelのDNAを取り込み,何かが起きて,細胞死が起きているのではないかと考えました.Ngoが環境中のDNAを捕まえるのに使う4型繊毛を構成するタンパク質の一つComPまたはPilTをコードする遺伝子を欠損させた菌株,

取り込んだDNAに結合し,組み換えを起こすRecAの発現をIPTGで制御することができる菌株を用意しました.ComPを発現しない菌株,IPTGでRecAを誘導しなかった菌株はNelのDNAに対して抵抗性を示しました.一方でComPまたはPliTを相補した株,RecAを誘導した株はNelのDNAに対して感受性を示しました.Ngoは4型繊毛を使ってDNAを取り込み,RecAを介した何らかの経路で細胞死が引き起こされているということが分かりました.

 

NelのDNAをランダムに裁断し,大腸菌の中でNelのDNAの一部 (20-50 kbp) を増やし,NelのDNAの一部を持つ大腸菌のDNAがNgoに対して毒性を示すのかを調べました.その結果Nelの一部のDNA配列を含む大腸菌のDNAはすべてNgoに対して毒性を示しました.したがってNelの特定の遺伝子領域,タンパク質による毒性ではないと考えられます.しかしながらランダムに裁断したNelのDNAのなかに共通に含まれる配列が存在します.それはDNA Uptake Sequence (DUS)です.

 

Neisseria 属菌にはDUSという10塩基(DUS10)またはDUS10の5‘末端に2塩基付け足された12塩基(DUS12)からなる配列を多く持ちます.Ngoの場合,1 kbpあたり1個 (DUS10)または0.7個(DUS12) です.DUSを含む配列はNeisseria 属菌の染色体に効率よく組み込まれます.NgoにおいてDUS12を含む遺伝子はDUS10を含む遺伝子よりもわずかに形質転換効率が高いです.

 

DUS12を大腸菌の中で増やし,DUS12を含む大腸菌のDNAとDUS12を含まない大腸菌のDNAのNgoに対する毒性を比べたところ,DUS12を含む大腸菌のDNAはNgoに対して高い毒性を示しました.したがってNgoに対してDNAが毒性を示すのは12塩基からなるDUS12が必要であることが分かりました.しかしながら先ほども述べたようにDUS12はNgoのゲノム上に非常に多く存在します.もちろんNgoから精製したDNAはNgoに対して毒性をあまり示しません.

 

Ngoに対して毒性を示すために必要なDUS12以外の要素についてNelとNgoのDNAのメチル化について注目しました.Ngoのゲノムは多くのメチル化モチーフを持ちます.一方でNelを含む共生性Neisseria 属菌はメチル化モチーフをあまり多く持ちません.メチル化モチーフの差がNgoに対する毒性に関係があるのかを調べました.メチル化転移酵素で処理したNelのDNAと未処理のDNAのNgoに対する毒性を比較したところ,メチル化処理したDNAはNgoに対する毒性が低下しました. Ngoまたはメチル化モチーフをほとんど持たない大腸菌でDUS12を含むNgoの遺伝子配列を増やし,同じ配列を精製したDNAのNgoに対する毒性を比較したところ,大腸菌から精製したDNAのみNgoに対して高い毒性を示しました.したがってDUS12を含みNgoと異なるメチル化モチーフを持っているDNAをNgoが4型繊毛を用いて細胞内に取り込み,RecAが関与する機構で細胞死が引き起こされることが分かりました.

 

論文中ではマウスの膣内でもNelとNgoの競合はNelが勝ち,またDNAの取り込み能力が関わっているというデータもあります.またNel以外の共生性Neisseria 属菌のDNAもNgoに対して毒性があること,髄膜炎N. meninngitidisに対してもNeisseria 属菌のDNAは毒性を示すデータもありました.論文は以上で終わりです.

 

淋菌Ngoの特徴として細胞表面の構造を頻繁に変えることで,ヒトの免疫から回避する能力を持ち,薬剤耐性菌も増えており,厄介な病原細菌です.DNAを使った対Ngoの対策があると面白いです.

 

Neisseria 属菌以外の菌だとどうなのでしょうか.今回のNeisseria 属菌のように同属の細菌のDNAが毒性をしめすというのはあるのでしょうか?ナチュラルコンピテントな細菌はたくさん存在するので探したらありそうです.

 

例えばこの論文(https://doi.org/10.1016/j.celrep.2019.09.083)ではAcinetobacter baylyi という細菌がDNAを取り込んだ際に細胞の伸長がおきるという報告をしています.A. baylyiナチュラルコンピテンスな細菌です.この論文ではA. baylyi の6型分泌装置に関しての研究から始まっています.6型分泌装置を持つA. baylyi大腸菌と共培養するとA. baylyi の細胞が伸長するという話から始まり,それが死んだ大腸菌から放出されたDNAの存在によって引き起こされること,RecAの発現量が上昇するという話になります.この現象はA. baylyi 自体のDNAによっても引き起こされます.そしてコンピテントなA. baylyiとコンピテントではないA. baylyi大腸菌と共培養すると,コンピテントなA. baylyiの割合が低下していきます.

 

RecAというタンパク質はDNAと結合するタンパク質なのですが,これはSOS応答反応という現象に関わっています.SOS応答反応はDNAが損傷を受けた際に起こるDNAの修復反応です.DNA損傷により遊離したDNAがRecAと結合します.RecAはSOS応答反応を抑制しているタンパク質を分解して,SOS応答反応が進みます.DNAの修復中は細胞分裂が起こらないように制御されます.細胞分裂に関わるタンパク質が壊れたり,細胞がうまく分裂できなかったりして,細胞の形が変わったり,細胞の増殖速度が低下します.ナチュラルコンピテンスはDNAを取り込むと取り込んだDNAとRecAが結合して,SOS応答反応が起こることが知られています.おそらくA. baylyi でも同様のことが起きています.ただNeisseria 属菌にはRecAに関係するSOS応答反応がないので,いったい何が起きているのかは不明です.本当にRecAがDNAの相同組み換えを起こして,メチル化モチーフの違いによって染色体の損傷が起きて,細胞死につながっているのでしょうか.勉強不足でよくわからないことが多かったですが,この論文はきれいにストーリーがまとまってて面白かったです.